=============
◆プロフィール
山本勝秀(やまもと かつひで)
母の死をきっかけに「何のために生まれ、どのような生き方をしていったら良いのか」と真理を求め始める。精神世界、宗教など転々とする中で、1998年7月に佐藤康行先生と出会う。以来、妻とともに真我を追究し続けて現在に至る。アイジーエーでは、真我開発講座のスタッフ、真我の実践会事務局などを担当。

=============
【パート1】
求めていたものに出会った
初めて真我に出会ったのは、1998年9月。妻と一緒の受講でした。きっかけはその2か月前の7月の佐藤先生の講演会でした。その時初めて佐藤先生と出会い、真我という言葉を聞きました。
自分は何のために生まれ、どのような生き方をしていったら良いのかを求めていました。
仕事で海外に駐在して価値観が変わったこと、帰国して3か月後に母が61歳でがんで亡くなり、その後妻が自律神経失調症になったことなどが背景にあったと思います。
妻と一緒に、東洋医学・自然療法の勉強会に参加したり、ある思想団体に関わったり、宗教にも入りました。介護福祉専門学校に通っている時、知人の紹介で毎月1回様々な精神世界の先生を呼んで講演会を主宰している会にも、妻と一緒に参加しました。
当時は今のようにインターネットが普及しておらず、そのような方法でしか情報を得ることができませんでした。そこでも確かに良い話を聞くのですが、「現実の生活にどのように表していったら良いの?」と、話を聞くたびに疑問がわいていました。
その中での佐藤先生との出会いでした。話を聞き終わって「現実生活に表していくことができる」と直感で感じ、後日、佐藤先生の心の学校に電話をし、妻と一緒に受講を決意しました。
初めての受講後に起きた驚きの出来事
最初は「宇宙無限力体得コース」でした。講座の2日目、具合が悪くなり失神してしまいました。しばらく会場内で横になっている時、頭がすごく痛く、鉄の輪っかで頭を締め付けられている感じでした。
「あ~、自分って頭ばっかり使っていたのだな。感性をもっと磨かなければ」と思いました。2日間終わって自分は真我が開いたのかどうなのか、よく分かりませんでした。
でも講座中に、そのことに気づかせてくれる出来事が、留守番をしていた16歳の長男にあったのです。
当時私たちは浜松に住んでいました。講座が終わって東京駅から「帰るよ」と家に電話をしたら、娘が出て「お兄ちゃんが交通事故にあって入院した。でもそんなにひどい怪我でないから安心して」と。
それも土曜日の夜に…。思わず妻と「これは好転反応だよ」と話していました。
浜松に戻って、すぐ病院に行きました。足の骨にひびが入ってギブスをしているのですが、杖をつきながら歩ける状態でした。友人の知り合いの車に乗っていた時、自損事故で街路樹にぶつかったとのことでした。
乗っていた車は、ぐしゃぐしゃで廃車に…。よくあの程度のけがで済んだなと、守られていたんだなと思いました。
次の日、再び病院に行ったとき、長男から思いもよらない言葉を聞かされました。運転していたのは20歳の青年。「運転していた人は悪くないから、お父さんもお母さんも怒らないで」と言ってきたのです。
骨折してギブスをしている、まだ16歳の子供が言う言葉かと思いました。自分だったら同じことを言えるのだろうか?
あきらかに「子供の方が魂の次元が高い」と思いました。それからは、子供たちへの関わり方が全く変わりました。一人の人間として認め、意思を尊重していく関わり方になり、その姿勢は今でも変わっていません。
別々に暮らしていても真我でつながっている、お互いに認め合っていると実感しています。「真我を現実の生活の中で表すことができた」最初の出来事でした。感謝です。
つづく