実践会通信

【スタッフ体験談】山本勝秀(パート3) 受け継がれる命のバトン

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◆プロフィール
山本勝秀(やまもと かつひで)

母の死をきっかけに「何のために生まれ、どのような生き方をしていったら良いのか」と真理を求め始める。精神世界、宗教など転々とする中で、1998年7月に佐藤康行先生と出会う。以来、妻とともに真我を追究し続けて現在に至る。アイジーエーでは、真我開発講座のスタッフ、真我の実践会事務局などを担当。

【前回の記事】自身の性格に迷いを感じていた山本さんが、先祖から受け継いだ命のつながりや周囲とのご縁を振り返り、自分の中に元々あった素晴らしさに気づいていく様子をお伝えしました。  

▶【スタッフ体験談】山本秀勝(パート2)仲間とともに歩んだ「真我友の会」を読む

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【パート3】

自分を心から認める心が湧き上がる

私は、どちらかというとおとなしく、恥ずかしがり屋な性格でした。人前で手を挙げて積極的に話すことも苦手で、自分が話すより、人の話を聞いていることのほうが多い人間でした。

そんな自分が嫌いだったわけではありません。でも、「自分のことが好きか」と聞かれたら、決してそうとも言えない。嫌いではないけれど、好きでもない。長い間、そんな感覚で自分自身と付き合ってきたように思います。

そんな私が真我開発講座を何度か受講し、日々の生活の中で実践を続けていきました。そして真我を追究していく中で、ある時、「自分は本当に素晴らしい存在なんだ」という思いが、自然と自分の中から湧き上がってきました。

これまでの人生を振り返ってみると、素晴らしい両親のもとに生まれ、妻と出会い、子どもたち、孫たちに恵まれました。知り合いのご縁から佐藤先生と出会い、自分たちが求めていた真理(真我)を追究することができ、共に歩む仲間たちにも恵まれました。

それまで一つひとつの「点」だと思っていた出来事が、振り返ってみると、実は一本の太い線でつながっていたのです。「自分は、何と恵まれていたんだろう」…そう思えた時、自分の人生を心から認めることができました。

かけがえのない命のつながり 

そして、さらに自分の生命について考えた時、父のことが浮かびました。父は太平洋戦争で満州に渡り、終戦後はロシアに抑留されました。多くの方が命を落とす過酷な状況の中を生き抜き、日本へ帰ってきてくれました。

もし父が生きて帰ってこなかったら、私はこの世にいません。私がいなければ、子どもたちも、孫たちも存在していません。

父から私へ、私から子どもたちへ、そして孫たちへ。さらにさかのぼれば、数え切れないご先祖様から、途切れることなく受け継がれてきた「命のバトン」があります。

そう考えた時、自分の命は決して自分一人だけのものではなく、長い命のつながりの中にある、かけがえのないものなのだと感じました。

自分自身を認められるようになってから、不思議と周りの人を見る目も変わりました。自分を認めることができると、相手のことも、その人のありのままを認められるようになっていきました。そして何より、気持ちがとても楽になりました。

振り返ってみると、私に何か新しい「素晴らしさ」が加わったわけではありません。両親からいただいた命も、家族との出会いも、佐藤先生や仲間とのご縁も、すべて最初から私の人生の中にありました。変わったのは、それを神(み)る自分自身でした。

人は誰もが、最初からかけがえのない素晴らしい存在なのだと思います。その素晴らしさは、誰かから与えてもらうものでも、誰かに認めてもらって初めて生まれるものでもありません。すでに自分の中にあるものに、自分自身で気づいていく。

私にとって真我を追究することは、そのことに気づいていく歩みだと思います。ありがとうございました。

(了)

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